2016年4月11日月曜日

ココシャネルならお金がなくてもシックに美しく装うと思う

by Evgeniy Vetoshkin
美しい人は美しい、言い訳はいらない。


お金がないからおしゃれになれない、は嘘だと思う。


シャネルがもし現代を生きてる若い女性で、
まだまだ地位も名誉も経済力もなくても、
あるものを使って、シックで魅力的な装いをすると思う。

それで、魅力的なムーブメントを創り出していくんだと思う。



お金がある人がみんなおしゃれで洗練されていて美しいか、
というとそりゃあ違うだろってみんな思うだろうし、

もちろん貧乏な人が頭使ってておしゃれかって言うと、それも全く的外れ。


たぶん○○だから▽▽という仮説のほとんどは、
的外れなんじゃないかと思う。


言い訳として、
お金がないから~
時間がないから~
って簡単に言ってしまうけど、

お金がなくても、時間がなくても、
それをやってのけてしまう人はいるわけで。

それなら、やる気がないって言ってしまうほうがいっそ清々しい。
もしくは実力が足りない、か。



言い訳ができないのは厳しいけど、
今までくっつけてきた○○と▽▽を切り離してみて、

因果関係のない二つを今までくっつけてきたのは自分だった、
って心底明らめることができたら、
新しい展開を自分で作り出せる気がする。



こういう風に統計が出てます、ってくらい、
明らかに因果関係がありそうなことであっても、

自分に力を取り戻すためには「ほんとか?」って一回疑うことが必要。




今の環境の中で、あなたにできることは本当にもうひとつもないの?

本当に?

って聞かれたらちょっと焦りませんか?笑




「わたしは今何を持っているんだろう?」と問い直したい。


何を持っていないかは、この際どうでもいい。

わたしは何を持っている?
それをどう組み合わせて、どう使えば面白くなる?


真正面からそのままを見ることができれば、

そして頭を柔らかくして、肩の力を抜ければ、使えるものはたくさんある。


シャネルだったらどうする?だ笑
(服に限った話じゃないですけど。)





わたしは、貧乏臭いのが嫌だ。
貧乏くさい雰囲気が嫌。

お金がないのはただの状況だから許せるけど、貧乏くさいのは嫌だね。


親戚んちとか行って、
二人暮らしなのにタオルが1000枚くらい(しかも贈答品とかで(株)○◇とか書いてあるやつ)あって、心なしか湿っぽかったりすると、いけないものを見たような気になる。



モノがいっぱいある状況、
っていうのは、たいていの家では執着と不安の現れ。

とっておこう、とっておこうとしてしまう。


ああ、私の中で、貧乏くささっていうのは潔さの反対にあるものなんだ。

執着は、自由の反対。

不安は、豊かさの反対。



日本昔ばなしの優しい老夫婦の家のように、
貧しくても家の中が掃き清められていて、必要なものがあり、不要なものがない空間なら、
それはそれで簡素な美がありそうなもの。


わたしは簡素な美も好きなので、
それを構成している要素にとても興味がある。

素朴で、満たされている感じがするから。

エネルギーに厳しいトゲトゲした感じもないし、いい塩梅。



本当に心惹かれる「モノ」を手に入れようとすると、
金額もそこそこすることは実際多いけど、
すべてが必ずしも高価ではない、ってわかっておくことは大事。

今すぐ手に入らないものもあるけど、今すぐ手に入るものもある。

ここが案外トリックなのかもしれない。


これを言っちゃうと身も蓋もないかもしれないけど、大事なのは目。

目利きであること。


そのためには、自分が何を好み何を必要としていて何を持っているのか知ること。
クリアであること。



それが洗練、
それが自由、
それがシック、
それが簡素な美、
それが豊かさ、
それが粋、
それが魅力的であること。


クリアであれば、それらが全部手に入る。

「○○があれば」の条件は必要ない。



もしかすると、○○が後付けで手に入るかもしれない。






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