2016年6月6日月曜日

死ぬがよく候、と思えたら人間の達人ブッダ

by jonathan.leung (改変 gatag.net)


災難に逢う時節には災難に逢うがよく候 死ぬる時節には死ぬがよく候
              是はこれ災難をのがるゝ妙法にて候 かしこ


法話「死ぬる時節には死ぬがよく候」: 臨済・黄檗 禅の公式サイト より



人間の最大の欲は、
コントロール欲だと思う。

支配欲。


人を、状況を支配したい。


自分の望む(期待・予測した)通りに人が動いてくれないと動揺するし、
怒ったり幻滅したり悲しんだり、まあ喜ぶこともある。

自分が望む通りに物事が進んでいないように思うと、
不安になったり焦ったり、逆にその不快な感情から逃げたくて早々と諦めようとしたりする。

わたしは、その焦りに負けて、よく自滅してました。


たとえば、恋愛で勝手に不安になって、
「きっともう私のことなんかどうでもいいんだ」と先走り、
先走った勢いで変なメールを送ってしまい、
変な雰囲気を作ったり。


このパターン、恋愛に限らなければ、まあ大概の人間はやってることだと思う。


待てない。


信じられない。


今自分が見てること、思ってることが本当かどうかわかんないのに、
そのときは焦ってむずむずしてどうしようもないから、
余計なことをして場や流れをこじらせる。壊す。滞らせる。


その瞬間は、
今見えてることだけが真実だと思ってるから。

一分後、気が変わってるかもしれない、たかがいっときの衝動に負けて、
よけいな手を加える。
そして後悔する。


頭が悪い、愚行。



そして、すごい傲慢なことだと思う。

自分が状況をコントロールできると思ってるんだから。



自分がどうにかすれば、
自分の望むように状況が変わるはずだと思ってる。


できないんだよ。

できない。


未来は、私が期待した通りにはならない。


なるようになる。


なるようにしかならない。




以前に読んだこの本、


武 – 甲野 善紀 (著), 井上 雄彦 (著)

スラムダンクの著者の井上雄彦さんと、
古武術の甲野善紀さんの対談本。

すごい面白かった。


甲野さんのところには、NBAの選手や格闘家が身体の使い方を習いに来たりするんだって。

でも、明らかに自分より大きな体を持つ相手を投げてしまうし、
自分よりも足が速い相手の壁を抜き去ってしまう。

だから相手は何が起きているのか分からずぽかんとしていると。



それは、身体の使い方が根本から違うからだって、甲野さんは話されてました。


普通の人は、常に未来を予測して動いている。
たとえば、階段を降りていてまだ階段が続くと思って足を下ろして、
「あれ??」ってつんのめって転びそうになったり。(わかる?)

ちゃんと見て、ちゃんと感じてないからそんなことになる。


それに対して武術の達人というのは、常に「今」に在る。
予測をしていないから、予測が裏切られることもなく、そこにかけるエネルギーのロスもない。

予測はエネルギーの節約を目的としたもので、
ずっと「今に在り」「感じて」いるということは、手を抜いていないってことだから、
一般的な意識状態にある人間からしたら「楽」じゃない。



だけど、だからこそ「今」にベストな一手が見える。
そういうことなんだと、ruは理解しました。



それはとっても理知的で合理的で、感性が研ぎ澄まされた状態。


それに対して、
「こうなったらどうしよう」
「きっとこうに違いない」
「わたしがこんな目に合うなんてひどい、天罰か」
とかは、

ただの妄想にとらわれた状態。



それが私たちのデフォルトですが、
やっぱり達人の生き方、在り方に近づきたいとは思いますよね。


「どうしようどうしよう」
って言ってる私たちの在り方は、一般的ではあるけども、
決して美しくはない。


達人は美しい。



達人に近づくことが不可能なわけではない。


ただ、面倒くさい。

「面倒くさい」と感じる。


ずっと意識的でいなくちゃいけないから。

意識的であるというのは、
「この人はこんな人(過去のデータによると)」
「きっとこうだ(過去のデータによると)」
を捨てるってこと。



そしてやけっぱちになってもダメ。

苦から逃げたいって言っても逃げられないし、
幸せばっかり味わいたいって言っても味わえない。

そんな都合よくはいかない。


災難にあうときはあい、死ぬときは死ぬ。


それはどうもできない。
だから足掻いても無駄だと、心安らかに受け入れること。


それが、欲を手放すこと。

これも何か意味があるんだ。
悪いようにはならないだろう、と流れを信頼すること。

自分も流れの一部として、委ねること。


だって今この瞬間で終わりじゃねーから。
それがどう次につながって展開するのかなんてこの頭じゃ全然わかんねえええんだから!




…って、ruぜんぜんできないよ?

手放せてないし委ねられてないよ?


超近視眼的に物事を見て、超不安になって、
しばらくして物事が順調っぽく見えると、
「なんだ、こんなんだったら不安になる必要なかったじゃーん」ってあほらしくなったり、
「こんなあほな自分なんて駄目だ」って自分責めたりしてます。
そんで「そんな自分責めてる自分なんてあほすぎる…」ってがっかりしたり。
(エゴのループ)


無駄ですね。


この世に無駄はない、って意味ではこれも流れのひとつなんでしょう。


無駄をなくしたい、っていうの自体がコントロールだからね…




委ねられない時は委ねられないがよく候
自分を責めたい時は自分を責めるがよく候
是はこれ 葛藤をのがるる妙法にて候   かしこ





0 件のコメント:

コメントを投稿