2016年10月18日火曜日

心が静かな人の動きは美しく、人の心を寛がせる

今日はまず音楽から。

The Chinese Tea Company - Brewing Puer Cha

動画のBGMは、
”Young Girls' Mantra of Joy”

「おんだれどぅーだれどぅーれいそーは」って聴こえるんだけど、どういう意味かな?

分からないけど、綺麗な声とメロディで好きです。


動画の、中国茶を入れる伝統的な手法を見ているだけで、
心が落ち着く。


余談ですが、
来月台湾に行くので、
そのときにできれば中国茶を入れる体験がしてみたい。

それが無理でも、お茶屋さんの人が形式通りに入れているのを、
目の前で見てみたいな。
そう思って台湾の友人らにお願いしているんだけど、かなうだろうか。




そうそう。


前に、ruは自分の手にコンプレックスがあるって書きましたが、
この動画を見て、ちょっと考えなおしました。

Tea Ceremony


だいたい一分ぐらいのところで、
このお茶を入れている男性の顔が映ります。
おせじにも二枚目とは言えません。

手も、白魚のような手とは言えません。


だけど、やっぱり意識が行き届いている丁寧な動作というのは、
見た目にも美しいんだよね。

目が寛ぐ。
癒されて、心が静まっていく。


ruが自分の手先が好きじゃなかったのは、
動きが綺麗に見えにくいから、っていう理由だったんだけど、

それは、
自分が努力を怠った上での甘えにすぎないな、と思ったのです。



それに、可能性も感じた。厳しさも。


静止画で美しいものが、
動いたときに同じように美しいとも限らない。

手先にも、意識の在り方が現れる。


気取ってると気取った動きになるし、
いい加減だとか粗野な要素もそのまま出る。



ruは自分がガサツなのは自覚があって、
動きが美しい人には無条件で尊敬の念を抱きます。

たぶんそれは、ぼけーっとしてない、ってこととイコールかもしれない。


心が落ち着いてくると、
そこにも意識を向けられるんだけど、
外側に気をとられているときは特に動きは雑になっていると思う。

意識的に過ごせる(覚醒度が高くなる)イコール、美しく在れるということなんだね。



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さて、

きのうの日記で、
「何を手放したいのかわからない」と書きましたが、

早速夢で答えのようなものを得ました。


夢の中のわたしは、何か失敗をします。

でも誰かにそれを問われると、
「違う、私のせいじゃない」と言い張り、
「私を信じないなんてひどい、嘘つき呼ばわりするなんてひどい」と
逆切れします。

一つのエピソードが終わると、
また別のシチュエーションで失敗して、
また同じように逆切れします。


そんな夢。


目覚めたとき、後味最悪でした。

だって夢の中でさえ、
「嘘つく必要ないよ、素直に認めてごめんなさいって言っちゃいなよ!」って思ってるのに、
夢の中のわたしは悲劇のヒロインぶって、
その場をどうにかやり過ごそうとしてるんだもん。

夢でよかった~~って、心底。


実際のわたしならね、
たぶん、嘘ついて逃げたい気持ちと葛藤しながらも、
すぐ謝ると思うの。

だから、嘘をつくな、ってメッセージじゃなくて、

嘘をついてまで何を守ろうとしてたのか、ってのがキモ。


わたしは、ああこれ、
「あんたが捨てるべきものは意地とプライドだよ」って言われてんな、
ってすぐ思いました。

現実で謝ったとしても、自分を擁護してる自分がいるのも分かってるし。


自分を守ることを捨てて、もっと素直になりなさい、ってことだと。




問いかけたら、すぐ返事きたからうれしかった。


そんな感じ。

おやすみなさい。


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