2016年10月9日日曜日

世間の人は常に 「悪人でさえ救われるのだから、善人はなおさら救われる」 と言っています。それは間違いやでぇ~!!と親鸞さんはおっしゃっています。

apenas um olho de vidro..

今朝(ていうか昼)見た夢。


とにかく全体的に変な夢で、
目覚めたばかりのときはよく覚えていたんだけど、

今はあんまり覚えてない。


ただ、目覚める直前に見た、

筆字で大きく書かれた「悪人正機」の文字だけは覚えている。





目覚めてすぐスマホを手にとり、

「悪人正機」をググる。笑



浄土真宗の開祖、親鸞さんの名言でした。(名言?っていわないか)


Wikiの次に上位ヒットしたHP。「歎異抄」についてわかりやすく説明されてます。
(以下、こちらのHPから引用させていただきました)



この「悪人正機」、
親鸞さんの教え、というかメッセージの核心部分でもあって、
非常に有名なもの。


意味は分からずとも、
社会の教科書で見たことは多いはず。


ruもそうでした。


善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。

コレ↑
知ってる、よね?


善人でさえ救われるのだから、悪人はなおさら救われる。

という意味です。


ruは、高校は倫理選択でしたし、
大学でも心理や宗教の教養の授業はとってて、
仏教の有名どころの思想は表面的には学んでいたんですが、

やっぱ全然わからんよね。


だって聖人の言葉だもの。覚者だもの。


人の一生を変えた気づきを、一行にこめてあるんだもの。



だから、

ふーん、
仏教ってめっちゃ冷酷な感じするけど、
慈悲とか言ってるだけあって、
悪人という哀れな存在にはより目をかけてあげないと、的なことかな?

更生させるにはより多くのエネルギーを割く必要がある、的な?



って思って、流してました。



だけど上のHPで説明されていることを改めて読むと、

全然違った!!!!! アホ!わたし!




しかるを世の人つねにいわく、「悪人なお往生す、いかにいわんや 善人をや」。

というのが先の文に続くのですが、

ところが、世間の人は常に 「悪人でさえ救われるのだから、善人はなおさら救われる」 と言っています。

という意味です。



この条、一旦そのいわれあるに似たれども、 本願他力の意趣に背けり。

そのゆえは、自力作善の人は、ひとえに他力をたのむ心欠けたる 間、弥陀の本願にあらず。

訳すると、

これは一見それらしく聞こえますが、 阿弥陀仏が本願をたてられた趣旨に反するのです。 

なぜならば自分の力で後生の一大事の解決をしようとしている 間は、他力をたのむことができないので、阿弥陀仏のお約束の対象 にはならないのです。



しかれども、自力の心をひるがえして、 他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生を遂ぐるなり。

つまり、

しかし、自力をすてて他力に帰すれば、 真実の浄土へゆくことができるのです。

…!!!!!


な、な、なるほど。

そういう意味でしたか…


引用させていただいているHPに詳しいので、是非そちらを読んでいただけると理解がスムーズかと思いますが、

ruだけではなく一般に、非常に誤解されやすい部分だろうと思われるので、
おそらくは高校や大学の授業でもそれなりに説明があったのかもしれませんが、

それでもやっぱり「自力」「他力」の意味はわかんなかったよね。


生きてる人間基本デフォルトで全員凡夫悪人!!!

なんだけど、


誠に残念なことに、

悪人なことに気づいておらず、自惚れ傲慢で煩悩まみれ
にもかかわらず自分はまともだと思ってる人=善人 で、それがほとんどの人間。


自分はまともな判断できていないという自覚を得て、
「慈悲深い阿弥陀様がすべてのものを助けるって約束してくれてんだから、
ありがたくおすがりしよう。
余計な事してそのお邪魔はしないように、ただおまかせしよう」ってなった人=悪人



ていうか、今更こんなん書かんでも、本文にそのまま書いてあるけどな!!!!!!!




書いてあっても、読めないってとこがすごいな~っていう話 笑


読んでも曲解するからね!!



だってさ、



悲しいことに人間全員あほ

まともな判断できるような能力なっしんぐ


可哀想だから、全員絶対助けてあげるから信じて


でも、自分でなんとかしようと頑張ってるやつ、助けにくいんだよね

全部まかせてくれるとやりやすいんだよね

頑張らないでくれるとうれしいな


まあ、まかせてくれなくてもちゃんと助けてあげるんだから、

まかせてくれるやつについては言わなくてもわかるでしょ



…って書いてあるわけですよ????笑
(ru訳で失礼いたします)



人間常識から離れたこと散見します。

がんばんないやつ助けるよ、ってどゆこと~??ってなるよね。



他の例を出すと、(古今東西、似た表現は多いね)


人事を尽くして天命を待つ とか

天は自ら助くる者を助く  とか

求めよさらば与えられん  とかも、解釈が難しい言葉。



たぶんみんな、いろいろごっちゃにして、
自分に都合のいいように解釈して、

目覚めるのではなく、
逆に過去から今現在まで自分が培ってきた常識や思い込みを強化するほうに使ってると思われる。


言葉なんて、なんとでも読めるからな~




すごくわかりやすく書かれていたとしても、
誤解が生じないように最大限の配慮がなされていたとしても、

受け手が曲解することはままあるし、

つまりその人のそのときのレベルによるんですよね。




よくわかんないな?って思ってるときは、
つまりよくわかってないとき。

だから、そのままスルーがたぶん正解。


無理やり理解しようとすると、更にこじれる可能性が。



そのときしっくり分かった感じがしなくても、
意味が分からなくても、
それでも「何かすごいこと言ってるっぽい」って感覚があるなんて不思議じゃない?

それ、たぶん波動なんだなぁ。


自分が理解できていない、
その言葉のほうが自分より進んでいて、真理に近い、そう感じてるんだ。


いつか分かるようになるといいな、

そう思って先に進む。






ruは特定の宗教は持ってないけど、

最近は聖書も面白いなって思ってる。



聖人たちの言葉、今のruじゃあ意味分からないことが多すぎるけど、

それでも、私たち人間のフィルター(認知・解釈)のゆがみの大きさに笑えるようになってきたのは進歩、だと思いたい。









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