2016年12月12日月曜日

先週買ったモノたちをまた手放した。完璧なモノだけがほしい。




という記事の中で、


新たな出会いを得ました。



ときどきは「えー、それ絶対夏色じゃないじゃーん、いいのー?」とか
心配やさんのマインドが言ってくるんですけど、

「いいんだよ!!!!!」で終わりです 笑


鏡見て自分の感覚で、
「うん、アリ」って思ったら、OKなんです。



と書きましたが、
その日買った五着のうち、四着を今日手放してきました。
(なので写真載せらんないです~)



原因は、色。
全部PCオータムのこっくりした色。
(一着は、ちょっとだけ肩の大きさが合わなかった。お直しも難しそうなので。)


はは…

引っかかりを感じながらも
やっぱり勢いで手にしたものは、やっぱり完璧にフィットすることはないですね。

断捨離対象となりました。





でも、買ってみて良かったです。
今まで手を出してはいけない、という縛りがあったジャンルを一度手にできたので。

それが一番の収穫でしたし、
買うときからそれを一番の目的にしていたので。



しかし一方で、テンション上がりすぎたせいで、
ディティールに対してジャッジが甘く妥協した部分があったのも事実。

ワークウェアやカジュアルなジャケットで、
大まかに見たら好きな雰囲気のものなんだけど、
だからといってなんでもいいわけじゃないわ。

見慣れないものだから、判断がゆるくなってた。


でもそれを手持ち服と合わせてみて、
またハンガーにかけてクローゼットにつるしてみて、
わたしは完璧なものがほしいんだってわかりました。



そりゃあがっかりしたけど、
次はもう舞い上がらずに、もっと自分の好みに合うものを選び取れるでしょう。




ねぇ、

完璧なモノに焦点当て続けるって、
なかなか難しいよね。


「あ、コレだ!」って身体が、♥が反応するときはすぐわかるの。
(手に入れられるかは別。それはそれで抵抗があったりするものだけど、今は置いておくよ)


でも、ほどほどに好み(だけど引っかかる点がある)のモノを、
「これは違う」って棚に戻すのが難しいの。


「中途半端は要らない」って言うのが難しい。



「まあこんなもんかなぁ」が曲者なんだよ。






自分にとっての「違うもの」を潔く捨てるには、
信頼と勇気が必要。


でも、ほんとは確信がほしい。

確信があれば、信頼も勇気もいらないから。



まだそのレベルに至ってないから、「信頼と勇気」。






服なんて着れればなんでもいいよ、
ってさらっと着こなせる人はかっこいいと思う。

わたしもそうなりたいと思う。


でも今のわたしにとって、
気に入らない服は、妥協を受け入れていることの象徴なんだよね。


確信に至る前の、

信頼も勇気も潔さも、望むレベルに達せていない自分の象徴。


ダサいから見ていたくない、
だから何度も何度も手放す。


何かに気づくまではこれを繰り返すんだ。



嫌だけど、プロセスの中にいるから仕方ない。

ダサくても一歩一歩。





0 件のコメント:

コメントを投稿