2017年3月15日水曜日

今はまだ一人でいることが必要な時期



こんばんは。
ちょっとだけご無沙汰しております。

わたしはまだまだ、
自分のことを一番大事にできていないと気づいた一週間を
過ごしていました。
ruです。


端的に言うと、四泊五日で旅行に行っていたんですけど、
その間、家族や普段一緒にいる友人ではない人たちと一緒にいて、
楽しいのだけど、
どこか「あ、これはわたしじゃない」と思う瞬間が多々あって。
それがちょっとずつ違和感として積み重なって、
エネルギー漏れで疲れてしまっている自分を感じてました。


このblogでも、しょっちゅう「自分に集中」とか書いてるし、
前に比べたら進歩はしていると思っていたんですけど、
AWAYの場というか(とはいってもみんな好意的な人なんだよ)
「いつもの人・いつもの場所」ではないところでは、
まだまだ外側を気にしてしまうようです。

わたしが、自分が進歩していると感じられていたのは、
そもそもHOME限定の話だったのかなぁ、とちょっと振り出し気分を味わったり。


旅行先でこの感じを味わうことが多いですね。
なんでだろう。

まず、人と一緒に行動しているから、
自由気ままに動く、ということが難しい(と感じている)。
今回は別にスケジュールをきっちり立てて動く感じでもなかったし、
相手だってそういう人たちではなかった。
だけれども、やっぱり自分のHOMEでないと、
どう動けばどうなる、という予測を立てるのが難しいので、
気軽な提案もしにくくて余計な気を使いがち。(わたしの場合)

さぐりさぐりやってる感じで疲れる、というのがある。

もちろんそれには相手との親密度も関係してくる。
家族とかすごい馴れている相手であれば、
気分次第のスケジュール変更も、もっと気軽にできるよね。
たぶん。



あと、これは帰ってきて後も感じているんだけど、
旅の最中、はっとしたこと。
わたしは、誰かがわたしのためにやってくれたことを重く受け取りすぎる。

「ありがとう、でもやっぱり要らない」とか、
「ありがとう、でも今は別のものが食べたい」とか、
全然言えない。

ほんとに全然言えないわー。とほほ。


今日の夕飯の親子丼にしてもそうだ。
午前中の段階で、母が「今日は夕飯親子丼にする予定」と言った時点で、
わたしは、「鶏肉と卵かぁー、デトックスしたいし野菜とフルーツだけがいいな」と思いながらも、
「へぇ、いいねー」とか言ってしまった。

そして夜になり、
わたしは外出していたので帰ってきたときには両親は食後。
母は「ボールに入ってるやつ(加熱された具)、自分で調理したほうがいいと思ってあんたの分だけ取ってあるから、卵とじして食べてね」と言う。
鍋を見ると、両親が食べた分の残り(卵とじ後)が入っている。

わたしはどうしたか?

まず鍋にあった両親の食べたやつの残りの分をご飯にかけて食べて、
そのあとボールに入った具を鍋に移し、それを卵とじしてそれも食べました。

これ、わたしが望んでることじゃないよな、って思いながらね。


………。


分かってるのに、やっちゃった。
旅の中で、ちゃんと自分で感じてることもっと大切にしなきゃ、
って思うことがいっぱいあって、

の、その後。



もーーーーーーーー

絶対さぁ、
わたしが食べなくても、あしたの家族のご飯になったり、
なんか別の展開があったと思うのよ。

だけど「あなたのために」「よかれと思って」が、
相手の本心だった場合、
わたし、(自分は無理してでも)それに応えなくちゃって思っちゃうクセが強いみたいだなぁ!!!!!(´;ω;`)ウゥゥ
自分のことはどうでもいいんだなぁ!!!!


がっかりさせたくない。
傷つけたくない。
あと、自分勝手って思われたくないんだろうな。



もう、ほんとにさぁ、
相手が嫌なやつだった場合とか、嫌なエネルギー出してるときとか、
自分が変な人とか思われるのはもういいんだけど、
相手の好意を無下にする(と自分が思ってしまう)ことにたいして自分を貫くことは、かなり手ごわいっぽい。


これ、決してわたしが優しい人間だからというわけではない。
わたしが弱くて嘘つきである、というだけである。

でも、こういう課題の出され方をされるとは思ってなかったので、
意外なところをつつかれて痛いです。
誰も傷つかないし可哀想じゃないし、それがいいほうに転がっていくのだ。って頭では分かってる。
でも抵抗があるのは、たぶんわたしの気づいてない思い癖のせい…


これについてはまだまだ課題のありかをちゃんととらえたとは言い難い段階で、
自分自身にとほほ…となっている最中です。



でも、一人になって、ようやく内側を見る時間がもてます。
誰のことも気にせず、遠慮せず、気を使わず。
だからちょっと気を付けて見てみます。

本当は、誰とどこにいようと常に自分の内側に注意を払い、
何にも優先して自分の望みを叶えてあげられたらいいんですけど、
それは最終ゴール。
今のわたしには、まだハードルが高い。

だからこそ、わたしは今一人で時間を過ごすことが必要なのだな、と思います。
一人は淋しいとか思ってた時代を過ぎ、
一人で過ごすことになんの引っかかりもなくなり、
「一人で満足なんて、ほんとにそれでいいのかいな?」と外に出てみて、やっぱり一人の時間で自分を見つめることが必要なのだと知りました。
(帰りの飛行機の中で瞑想して、「うわぁコレコレ!これが必要だった!!!」と喜んだのはヒミツ笑)



最後に、念のため言っておきたいのですが、
わたし別に人嫌いじゃないですよ?笑

今回の旅の中でも、
周囲が「この子やっぱり変わってるな」と思うくらいには自分の希望を出し、
マイペースに振舞っていたと思います。
それでも、もうそんなわたしを知っている人しか周りにいない(会おうと思わない)ので、皆さまこんなわたしを全部受け入れてくれるわけです。
そうすると、やっぱり、「ありがたいな…」なんてジンとくる瞬間もある。
感謝しちゃうんだよね、勝手に。
やっぱり、ダメな自分として存在してもOKなんだ、受け入れてもらえるんだ、って感じられると、
勝手に感謝が溢れるものみたい。


皆さまには感謝しています。

でも、別のレベルでは、相手の「自分を押さえつけてる・無視・無理してる」が透けて見え、そのためにちょっと疲れたり。
だから「もっと自分の中心に戻ることができ(そして相手さえ引っ張り上げられ)るようになるために、今は一人でいたい」
そんなふうに心から望む自分に戸惑うところもあったり。


………。

うまく〆られんな。


そんな感じです。
おやすみなさい。




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