2017年3月17日金曜日

「勉強したほうがいい」が母の直感なら、子供も聴くんじゃない?



前回の記事の内容の続きみたいになるかもしれないですが、


わたしたちは、
刷り込みによって「わたしじゃないもの」を「わたし」だと認識してる可能性が非常に高いです。


で、たぶん人間同士の喧嘩や争いって、すべてが、
「わたしじゃないもの」にやられちゃった人が関わって起きてると思われる。
「刷り込まれたもの」からきてる。


たとえばさ、身近な例でいうと、
お母さんが子供に「勉強しなさい」って言う。

子供はマンガ読んでたい。
勉強は今はしたくない。
これは、たいていの場合、その子の本音。(小さければ小さいほど)


対するお母さんは、
別にお母さん自身の魂の望みとして「勉強しなさい」って言ってるわけではない。
(これはほとんど100パーの確率で、魂の望みではない笑)

言わなくちゃいけない(と思ってる)から言ってるだけ。


「マンガばっか読んでると馬鹿になる」
「宿題やらせないと、わたしが先生にどう思われるか」
「将来いい大学に入っていい会社に勤めて…(以下略)」
って、「世の中」がそう言うから、それを信じ込んだ故に自分が不安だから、
子供の力を信頼することは賭けだし怖いから、
別にお母さん自身の喜びはそこにないけどつい「勉強しなさい」って声を荒げる。

でも別に、
子供が素直に従って勉強してても、お母さん自身に魂の喜びは湧いてこない。
(良かった、やっぱりわたしは正しい、くらいは思えるかもしらんが。)

そしてたいていの場合、子供は「嫌だ」と言う。
(不安な人、怯えてヒステリーっぽい人のアドバイス聞きたくないのなんて、生き物としてまっとうな反応。ネガティブ作用しかもたらさなさそうで価値ないよね。)



嫌だと言わなくても、お母さんの望むような態度で机に向かったりはしない。
(おどおどするようになる、とか、居眠りするとかも含めて。)


ここで、対決である。


でも立場に差がありすぎる。

たいていはお母さんが勝つ。
子供の魂は、残念ながらシチュエーションに負ける。(ほんとの意味では負けてないけど、マインドと繋がりにくくなる)

負けてどんどん生命力を失っていき、
自分のことを信じられなくなり、
外側に価値を置くようになり、
自分自身の敵として親・社会からの刷り込みを内面化していく。


それが基本的な仕組み。

いつの時代も、場所が変わっても、繰り返されてきた仕組み。


負けた人が負けた人を再生産する仕組み。



これがもし、
「わたし100%」に近いお母さんだったら、
勉強したがらない子供に無理やり勉強させようと思わないと思う。
だって、そこでやりあって頑張ることは「わたし」の魂の喜びとは違うから。

ていうか興味がわかないと思う。
ふーん、くらいで。
いくら相手が子供であろうとも他者は他者なので、「ふーん」の域はこえないだろう。

心配はしていても、相手には相手の選択があると分かっているから、
自分にやれることは限られていると、いい意味で諦められる。
「おまえ今自分に嘘ついてるだろ」というときだけピンポイントで攻められる。笑


お母さんが、直感から「あんた今これ勉強しといたほうがいいって、まじで。なんかあるわ」ってゆったら、子供も馬鹿じゃないから「おう、やっとく。マンガは後にするわ」みたいになるっしょ笑
(根拠ないけど)

どっちが正しいとか善とか上から目線で偉そうなこと言わず、かつ断る余地があるアドバイスなら、相手が受け入れる可能性は高いよ。


だから、きっとあんまり戦わない。

魂同士は、別に戦う必要ない。


親と子という、
分かりやすく力の上下関係があり支配関係があり、バトルが勃発しやすい関係性ですらそうなのだったら、
対等な立場ならなおバトルなど起きにくい。

「ふーん」だけ。笑


「あなたはそうなのね」、マル。


もし利害がぶつかっても、
(ていうか、望みが多種多様なせいでそもそもぶつからない可能性があるけど)
そんなに焦っておらず切迫感がないので、
その場で一番いい方法を編み出せそうである。

(子供の遊びの編み出し方みたいな感じで、ハンデや制限をつくって、場を面白くスムーズに展開させる天才的な能力を発揮)


そう考えると、
やっぱりそれぞれの人が「その人オリジナル」に戻ってくことが、
この世界のさまざまな問題(に見える)の、
もっとも合理的な方法に思える。

そして、負ける人の再生産は、どう考えても無駄だし非合理的だから、
一刻も早くやめたほうがいいよね。


「自分じゃないもの」に侵略され洗脳されている人ほど、
人に戦いを挑む(説得しようとしたり)し、
相手に勝つことで自分を元気にしようとするからね。
「わたしじゃない」人には、敵か味方かどっちかの認識しかなくて、
しかもすぐ立場は変わるから穏やかじゃないし。



みんな、「自分じゃないもの」のために必死こいて人生捧げて頑張るなんて、
考えようによってはとっても健気。笑

人間の歴史は戦争の歴史と言いますが、非常にあほらしく見えるのは私だけ?




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