2017年4月25日火曜日

LOVERS



媚びる女は好きじゃない。
媚びる男も好きじゃない。

偉そうな女は好きじゃない。
偉そうな男も好きじゃない。

強くて優しい女は好き。
強くて優しい男も好き。

しょっちゅう嘘つく女は好きじゃない。
しょっちゅう嘘つく男も好きじゃない。

頭のいい面白い女は好き。
頭のいい面白い男も好き。

弱いところを自分で受け入れている女が好き。
弱いところを自分で受け入れている男も好き。

綺麗な女が好き。
綺麗な男も好き。

馬鹿ができる女が好き。
馬鹿ができる男も好き。

馬鹿な女は嫌い。
馬鹿な男も嫌い。

エロい女が好き。
エロい男も好き。

自由で勇敢な女が好き。
自由で勇敢な男も好き。


自分を知っている女が好き。
自分を知っている男が好き。





女も男も同じかも。




女と男で身体のつくりは違うし、
頭のつくりだって違うかもしれない。

社会から受けてきた教育も、
社会の中で求められることだって違うかもしれない。




でも、わたしが相手を見るとき、
自分と同じだとちゃんとわかっていたい。


甘えられたい、
頼られると自分には力があると自信が持てる、
いつでも見ててもらえたら愛されていると安心できる、

そんな関係願い下げだ。



存在は50:50だ。

いや100:100だ。

自分自身で立っている木が少し離れて二本あるだけだ。


誰であろうと、
隣にある木に影響されてたまるか。




「女だから」「男だから」

それは本当にそうか?

そう言っていたほうが楽だから、
そう言っていたほうが自分を改める必要がないからじゃないか
自分の中の不要な概念を捨てることから逃げているのでは、
と常に戒めたい。



パートナーにやられて嫌なことは、わたしもしない。



もし特定の誰かに深くコミットできる機会を与えてもらえるなら、

赤ちゃんや小さい子ども同士のように、
異性を意識していなかった頃のように、

そういう枠を知る前の自分たちで、この世界で助け合って生きていきたい。


親友であり同士として。




だから駆け引きなんて必要ない。

だましたりだまされたりなんていらないし、
存在しないもの。




好きだから一緒にいる。




それだけじゃやっていけないという人たちは可哀想だ。



でも本当は、
その人たちの関係は最初からそうじゃなかったんだよ。


「純粋な好き」じゃなかったから壊れた、
ただそれだけのこと。


好き、に激しさはない。
自然であり調和があり流れの上での必然という意味。




二人は社会のために生きるんじゃない。

そんなもののために生きたりしない。






以前にこんな記事を書きました。
【参考】男と女、かくあるべき論(ru ver.)

これも、もしかしたら違うかもって思い始めてる。




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