2017年6月2日金曜日

もう一人の自分の声



たとえば今日の沖縄は雨が降っている。

午前中から曇っていたり雨が降っていたりしたら、
なんとなくもの哀しい気持ちになる。

さあ、気分を切り替えて!
なんて言いたくなる。


でも、もの哀しいのが、それでいいとしたら?




明るい気分で、
元気よく、
ポジティブで、
ものごとのいい面を探そうとして、
喜んで、
嬉しくて、
人が好きで、

わたしたちはいつでもそうあらねばいけないような気がしている。


他人に、落ち込んだ顔なんて見せてはいけないと、
大人である限り、平気な顔ができないなんて許されないと。


でもそれを演じているうちに、
内側まで仮面に浸食されてはいないだろうか。



弱くて、
汚くて、
狡くて、
重くて、

それはいけないことなんだろうか。



それでもいいとしたら?



それがあって、わたしたちの自然だとしたら?


痛みや苦しみをどこかに追いやる必要なんて、
逃げる必要なんて、
そもそもなかったとしたら?



愛さなくてもいい。
ただ共存して生きていけたら。

地に足が着いた感覚で、自分の生を生きていけるのではない?



その淋しさややりきれなさが、
自分の反対側にいる、大切な存在の声だとしたら。

無視するなんてできっこない。





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